演劇部の福井という同級生に「K先生はフジファブリックが好きなんだよ」と聞いてもないのに耳打ちされたのが最初だった。
演劇部の女の子はみんな可愛くてカッコよくてサブカル系な妖しさもあって自分とは違う世界に住んでたし、福井とは別に超仲が良かったわけじゃないけど、なぜかCDの貸し借りだけはしていた。
GRANRODEOのInstinctを貸したらお返しに小林太郎を渡してくるようなやつだった。
はじめて聴いたフジファブリックの曲は銀河だった。
福井に教えてもらったその日の夜には何曲か聴いた。
ねっとりしてるのにアホみたいに飛び跳ねた謎な曲を顔の整った男の子がこれまた特徴的な声で歌っていて、「なんだこれ」と困惑したことを覚えている。
そして困惑したまま耳にこびりついた。
生きていて長く大事に抱きかかえていく曲というのは、不思議とどれもはじめて聴いた日の感情や経緯を思い出せる。
K先生は背が高くて黒と白と青が似合う凛とした女性だった。
なのに話すとポワワンとしていて、授業も緩急があまりなく、ちょっと不器用そうな人だった。
私は憧れてたけど1限の授業は寝てる子が多くて先生のメンタルが心配になった。
先生がこのバンドを好きなことは曲を聴いて納得できた。
未だに彼らの音楽を聴くと脳の奥から当時の記憶が芋づる式で出てきやすい。
大層面倒だったろうに、素行の悪かった私との放課後の雑談によくあんなに付き合ってくれたなと、感謝以上に申し訳なさや恥ずかしさの方が未だに出てくる。
だから彼らの曲を聴くことが時々無理になる。
あの日の鎌倉駅から大船駅までの何分間の景色には彼らの音楽を乗せたい。
私の着ていた制服にはSEA OF STARSだけでなく徒然モノクロームの香りもじんわり染みこんでいる。
徒然モノクロームという曲を1年くらい聴けない時期があった。
逆に言えばそれだけ大切に扱いたい曲だった。
タイアップしてた作品も結構好きだったけど、それとは関係なく自分の人生を構成する曲のひとつとして特別な箱にしまっていた。
はじめて聴いたフジファブリックは志村くんの声だったけれど、実は山内くんの歌声がとても好きだ。
少女漫画みたいな歌を作って歌う人だなと勝手に思っている。でもちゃんと妙なクセもあるのがフジ声なんよな〜〜〜〜
書く詞や曲が濁りなく綺麗すぎて自分の好みど真ん中とは少しズレちゃうときもあるんだけど、そのまっすぐさや透明感は彼の深い内側を体現しているみたいでこれはこれですごく好きだった。
3人全員の柔らかいコーラスがその透き通った世界をより鮮明に描いている。
彼らは光の三原色だ。
昨晩のライブで「僕は本当に人間が変わりました」と語っていて涙が滲んだ。
外から見てうすぼんやり感じていたことが視聴者の妄想じゃなくてやっぱりそうだったんだと知れて嬉しかった。
音源中心でバンドのファンと言えるほどの自信がない私にもこの柔らかであたたかな変化は確実に伝わっていました。
長年ライブに通って追いかけていた人たちの感情の極まりといったら、きっと強烈なのだと思う。
どの時期の曲もまんべんなく好きだった。
志村くん、山内くん、加藤さん、金澤さん、だれが作る曲を聴いてもちゃんとフジファブリックだった。
彼らにしかない音のうねりがいつもそこにあった。
銀河のアウトロに回帰する。
寂しい。寂しい寂しい。
これからも気が向いたときにふっと思い出して、耳が聴こえるかぎりはゆるく聴き続けていくと思う。
それは今までと変わらないのに、すごく寂しい。
だけど否定はしない。
志村くんが先立ってしまってからさらなる開花を遂げたように、次の年もまた次の年も新しい花が咲くのかもしれない。
でも寂しい寂しい寂しい。寂しい。寂しい。
どうかこれからも光がありますように。
これで私の夏の旅行はおしまいだ。
寂しいけど少しずつ家に帰る。ゆっくり歩いて帰る。秋にはただいまできる速度で。